パレードが始まる前に




日が長くなったとはいえ、6時を回るころには陽も没し、
街灯がないとものの見分けも難儀する。
特に、さびれた場末のコンテナヤードなんていう場所では、
うずくまる大小の鉄の塊たちが
無言のまま織りなす影の濃さが邪魔をして。
地の利がない身には悪夢の迷路でしかなくて。

「…っ。」

こちらは少なくとも10人は居た仲間内が今どのくらい残っているかも判らぬまま、
周囲を取り巻く夜陰の深さに総身をすくめて立ち尽くす。
不意に背後でひゅっと風を切る音がして、
それへ“あっ”と思った時にはすでに遅く。
振り向きかけた顔へ、真っ向から堅いものがガツンと当たり、
頭の芯からぐらんぐらんと回って、そのまま自身も倒れ伏す。

「ったく。異能を使うまでもねぇ雑魚ばっかだな。」

ちょっとした運動の延長のようなノリ、
宙へとその身を躍らせての二段蹴りで
やすやすと最後の一人を蹴手繰ったのは小柄な人影。
気を張り詰めて身構える必要すらないほどの手合いを、
ものの数分であっさり伸してしまい。
やれやれと呆れたような声を出す彼こそは
黒外套をジャケットの上へ羽織った格好の中原中也で。
さあ帰るぞという素振りでコンテナヤード内をのんびりと歩いて、
おとり半分だったその身へ寄ってきた襲撃者らを ほんの数分も掛からずあっさりと畳んだところ。
手加減して一人くらい残し、どういう料簡か訊こうと思ったが、
その手加減のレベルをもっと低めにゃあならない相手だったよで。
あ〜あと渋面を作ってスマホを取り出す。
部下にあたる構成員に回収を頼むためであり、
意識が戻り次第片っ端から絞り上げ、何でもいいから白状させろと付け足せば、

 「中原さん。」

すぐ傍らのコンテナの角から現れた人影があって、

 「おう、そっちはどうだった、芥川。」

闇の中に更なる暗黒の淀みが揺れる。
そんな様相にくるまれた青年は、
小さな咳を2つほど重ねると、ゆるゆるとかぶりを振り、

「何か訊くという前に、逃げました。」

なんだそりゃ尻腰のねぇと、
ポートマフィアの重力遣い殿が呆れた様な声を出して肩をすくめたのだった。



     ◇◇



太宰から腹の底を探られている中原だが、実のところこちらの側でも暗中模索状態が続いており。
眼目は太宰と同じで、
周辺地域からのみならず、中部辺りの一度も名を聞いたことのないような組織までが、
先の拳銃取引の陽動の駒として見込まれたのだろ、はるばる足を運んでいて。
しかも当事者だった○○会はといや、
結果として取引がばれ、事務所から何から捜査対象になってしまい、
その筋の組織としてはもはや風前の灯火だというに。
そこから請われて集まったのだろう顔ぶれに、
依然として帰る気配がない点が引っ掛かってしょうがない。
くどいようだがここはヨコハマ、
裏社会では知らぬ者なぞいなかろうポートマフィアのお膝元だというに、
さして目立った顔がいるでなし、異能で名を馳せているという噂も聞かない小粒の組織が
なんでまた肩で風切って滞在し続けているものか。
何人かへ奇襲を掛けたり、今さっきの彼らのように返り討ちを浴びせて取っ掴まえて、
どういう料簡なのかを直接聞き出そうとしても、
これがまたどいつもこいつも頑として口を割らないのも奇妙な話。
今日のところは特に収穫もなく、
このままだと明日の港祭りの1日目に食い込むのは必至で。

「う〜ん、考えすぎなんかなぁ。」

自分があの探偵社の坊やの相手をし、他へ首を突っ込まぬよう牽制をしてる間に、
配下の切れ者らをあちこちへ飛ばしてあったのだが色よい話は聞かれぬまま。
よって、こちらも仏頂面が隠せぬが、
ふと…話のタネにと持ち出した文庫本を手元のテーブルに見下ろして、
ついのこととて小さな笑みが浮かんでしまう。
ここは例の事務所の一室、最初に敦が横になってた部屋で、
情報収集の橋頭保として足場にするよう、ずっと封鎖されていたのを開けて使い始めたのだが、

「面白い小僧だよなぁ。」

こちらから見れば、何かとお邪魔な探偵社の調査員だとはいえ、
加入してそうそう、彼自身が略取目的に狙われる立場となっただとか、
その任を任された芥川と再三対決に運んだその末、
あの羅生門に食いつかれ切りつけられても立ち上がり、
ほぼ素手空手で勝ってしまっただとか、
そういった様々な経緯も中原には聞いた話にすぎず。
組合(ギルド)との三つ巴の諍いの間も、そういえば接触する機会はなくて。
資料によれば、孤児院から追い出されたという薄倖な身で、
その孤児院も、子供らへ虐待めいた躾を降らせることで問題になっていた施設だったとか。
世を拗ねてこそいないが、だからと言って明るく奔放というわけにも行かぬものか、

「そこいらのチンピラ相手には及び腰なのにな。」

異能のほうも使いこなせるようになってまだ日が浅いそうじゃねぇかと続け、
だっていうのにと くすくす笑い、

「手前の黒獣に怯みもしないで、
 何度でも向かって来たなんてなぁ、とんだ勇者じゃねぇか。」

そうと話を振ったのが、
その敦が寝かされたソファーに腰かけている黒外套の青年で。
まだ二十だというに頭角をめきめきと現し、
首領直属の武闘派遊撃部隊の指揮を任され、
自身も最強の武力でもって
残虐なまでに相手を切り刻むと畏怖されている芥川。
結果として“人虎確保”は失敗に終わり、自身も重度の傷を負い、
戦列から離れた…はずだったが。
三つ巴戦の最後の最後、
一応、傍観者という立場に落ち着いていたポートマフィア陣営だというに、
彼だけは独自の情報を得て空飛ぶ要塞“白鯨”に乗り込んでいて。
そこでも敦へ戦いを挑んだはずが、
気がつけばギルドの長との共闘へと態勢が移ってののち、
見事な共同戦線の末に勝利を得たとか。
向こうもまた、芥川を結構な強さで意識しているようではあったが、
こちらほど常時戦場在住の構えではないせいか、
今回の流れで顔を合わせた折なぞ、不味い奴に出くわしたなぁというよな顔をしたのみ。
すわ、決着を付けねばと勢い込んだ芥川との温度差は歴然としており、
そのような甘いところを “愚か者”と切って捨てたのも記憶には新しい、
こちらマフィアの若き精鋭殿は、

「勇者などとは烏滸がましい。」

やはりあまりいい感慨は持てないか、
中原からの賛辞めいた言いようへむうと細い眉を吊り上げてのち、

「人虎が姿を見せている以上、
 その陰には太宰さんの思惑もあると思って間違いないでしょう。」

ただ頭が切れるというのみならず、長くポートマフィアにいて得た知識もある身。
希代の策士で、しかも冷酷無比な判断を厭わず、
首領の森がこうまであれこれあって、すっかりと武装探偵社のキーパーソンである彼を
それでも“いつでも戻っておいで”と依然として認め、
元居た幹部の席をそのまま空けているほどで。

「だから油断はするなってか?」

深刻なお顔の後輩の言いようへ、
こちらはやや冗談めかした合いの手を打ち、

「…何か腹減ったな、銀ちゃんのドリアが久々に食いてぇな。」

ちょっぴり寒さが戻ったここいらで、陽も落ちた事務所は足元から冷える。
何の気なしにこぼされた中原からの一言には、
一瞬、不意を突かれてか表情が止まった芥川だったが、
それがゆるりと解ける様は何ともやわらか。
そのまま外套のポケットへ手を入れ、

「任務で出ていなければ…。」

スマホを手に早速にも連絡を付けようとするところは、
先程までの殺伐陰惨な雰囲気が嘘のよう。
銀というのは彼の妹、やはり遊撃隊の最も苛烈な任務をこなす“黒蜥蜴”の一翼を担う存在だが、
極端に禁忌的な、死神のようないでたちや、暗殺に長けた実力と裏腹、
じつは可憐な愛らしさを押し隠す美少女でもあり。

「……ああ。中原さんがお前の料理を所望だ。」

繋がってすぐ、用件だけを告げれば、
相手の放ったらしい“きゃあぁあ”という愛らしい歓声がこぼれて聞こえる。
そのまま差し出されたツールを受け取り、

「銀ちゃんか? うん、海老のドリアが食いたいな。
 …そうケチャップライスの。ああ俺、マッシュルームよりシメジがいい。」

何とも平和な会話を紡いでから、ほれと持ち主へ返されたツール。
では家へ来るといい、何か買っておくものはあるか?と、
兄と妹の会話にしてはやや堅いのが続けられ。
それを聞くでなし耳に入れつつ、

 “過呼吸起こして銀ちゃんから夜中に連絡があったりもしたよなぁ。”

こうまで強くなったのに、何かをこじらせたままであるがため、
そうまで掻き乱されて、いつまでも落ち着けない彼なのが
中原には歯がゆくてしょうがない。
先のギルド戦では 終焉で何とか直接顔を合わせた本人から
“強くなったね”と その実力をやっと認められたような言葉も掛けられたとか。
それで落ち着いたかと思ったが、その後 じりとも変化がないと来ては、
本人以上に見守っていた側こそがじれったくて。
彼の前ではつくまいと決めている溜息、何とか噛みしめてこらえる幹部殿だった。





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